2014.2.23(日) 13:00 東京文化会館大ホール
出演
フィリッポ2世:ジョン・ハオ
ドン・カルロ:山本耕平
ロドリーゴ:上江隼人
宗教裁判長:加藤宏隆
エリザベッタ:横山恵子
エボリ公女:清水華澄
テバルト:青木エマ
修道士:倉本晋児
レルマ伯爵:木下記章
天よりの声:全 詠玉
二期会合唱団、東京都交響楽団
指揮:ガブリエーレ・フェッロ
演出:デイヴィッド・マクヴィガー
開幕前に主催者がステージに現れた。これは何かトラブル発生と思ったら、安藤赴美子がインフルエンザで出演できなくなり代って前日歌ったばかりの横山恵子が務めるとのアナウンスがありました。長丁場の連日はちょっと厳しいのではと思いましたが、そんな心配は不要でした。
演出、指揮、歌手、合唱、オケと総てが高いレベルで揃った稀に見る素晴らしい公演でした。初めての日帰り鑑賞でしたが、疲れも感ぜず思い切って行ってよかったと思いました。
まず演出。「ドン・カルロ」は色恋沙汰だけでなく、政治、宗教など多くの話が入り込んでいて何を言わんとするかはっきりしないところがあります。それはフィナーレでカール5世の亡霊が出てカルロを引っ張り込むというト書に象徴されていると思います。しかしこの演出ではドン・カルロを処刑するという明確な形をとっていました。それはストーリーの主軸を宗教問題に置いて、ローマカトリック教の絶対的権力の前ではそれに反する行為は一切容赦しないという悲劇に仕立て上げています。ですからエリザベッタとカルロの恋愛問題などは脇の話になっています。
話が暗ければ舞台も暗く、照明は暗いし、衣装もほとんど黒、フィリッポ2世の部屋のカーテンも黒です。舞台装置は徹底して直線的で高さのあるスケールの大きいものでした。終始ひとつのセットで若干変更するだけですがシンプルによく考えられていると思いました。フランクフルト歌劇場との提携公演ということですが装置衣装などそっくり持ってきたのでしょうか。
オペラの中心は歌手です。フィリッポのハオさんは中国人ですが歌唱も素晴らしければ声量も凄い。特に4幕、苦悩の独白とエリザベッタへの罵倒では両極端の感情暴露が見事でした。長身で格好が良いですがちょっと重さが足りないように感じます。しかしそれは宗教裁判長に押さえつけられている役柄上のことでしょう。カルロの山本さんは初めて名前を知ったテノールです。まだ29歳の若さと聞いて驚きましたがこの人は楽しみな逸材です。1幕、相手のエリザベッタ役が急遽交代となり呼吸が合わない感じがしましたが2幕から好調になってきました。この人イケメンで声も良いのですが惜しいかな小柄なのでその点オペラでは損します。一番素晴らしかったのはロドリーゴの上江さん。この人は実に上手いです。名古屋でナブッコを聴いてすっかり大ファンになりましたが、このロドリーゴも毅然として言うことなしです。クライマックスの二重唱も音楽の作りがよく感動しました。
エリザベッタの横山さんは歌い込んだ役とは言え連日の出演は大変だったと思います。しかしそんなことは微塵も感じさせない大熱唱でした。特に5幕のアリアは感動的でした。横山さんに変わったことが或いはこのオペラの深刻さを増してより素晴らしくなったかもしれません。そして清水さんは一番難しい役エボリ公女、これも素晴らしかったです。2幕で庭に集まった貴婦人を前に華やかに歌うと、次は3幕でエリザベッタへの激しい嫉妬とカルロへの復讐を、それから4幕でエリザベッタへの懺悔を、最後に後悔とカルロを救い出す決意といった具合に、さまざまな場面の心情を表現しなければなりません。クンドリーで見せた清水さんの外向的歌唱とは正反対に、ここでは自身への内向的な投げかけをしてるようでした。そうでなければ3幕などもっと激情的に歌ったと思います。しかし考えてみれば演ずるのは同じエボリ公女ひとりです。その都度それぞれ全く違い歌い方をすればきっと作為的に感ずることでしょう。恐らく清水さんはその辺を考えて深く重く歌ったのだと思います。
宗教裁判長の加藤さんはちょっと軽いが好演だったと思います。その他全員の方々が本当によく頑張っていました。とにかくこれだけ揃って今一物足りないと思う人が一人もいなかったことがむしろ驚きでした。
合唱とオケも忘れてはいけません。合唱はただ歌うだけでなく、幾何学的に美しく見せるため統率された動きが要求されていました。これも注目すべきと思いました。それとオケがドラマの内容に相応しく重量感のある良い音を出していましたし、と同時に歌手を邪魔するようなことはありませんでした。
この音楽を指揮したガブリエーレ・フェッロを賛えなければいけません。要所要所でフレーズを長く伸ばしたり、強弱を際立たせたりして重厚で劇的な盛り上がりを作っていました。もう長老の域に達していますがオペラのドラマティックな指揮にまた立って欲しいと思いました。
このような充実の公演が若手の世代で出来たことはその成長ぶりを頼もしく思います。大満足で新幹線に乗りました。